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第23話 騎士はかく語りき

last update Last Updated: 2025-10-16 06:07:00

「そうとも! あのパニックの中で、なぜ、伯爵令嬢はあれほど明確な指示が出せた? 極めつけは、あの“魔力蛍光インク”だ! 我々が暗闇で射撃する羽目になることを、最初から知っていたかのような、用意周到さではないか!」

 カールの言は、大きく力強い。

 そう、騎士達はプロだ。だからこそ、理解してしまう。

 ベアトリーチェの行動が、どれほど『ありえない奇跡』の連鎖であったかを。

 ここまで重なる偶然など、ありえないのだと。

「それは……! 確かに、理由はわからぬ。しかしっ!」

「だとすれば、伯爵令嬢は英雄などではない。己の名声のためなら、生徒の命すら駒として使う、恐るべき魔女だ!」

「そのような侮辱、許されはせんぞ! カール卿!」

 魔女。これは単に魔性を持つという意味ではない。

 人に仇なす、“魔人の女”を指している。公然と、貴族の令嬢に向けて良い言葉では――本来は断じてない。

「ふぅ。貴様こそ冷静になれ、ローラント。我々騎士団は、まんまとあの女狐の掌の上で踊らされたに過ぎんのだよ」

「黙れッ!!」

 ローラントが、激昂してカールの胸ぐらを掴みかかった。

「卿は見ていなかったのか!? 恐怖に顔を歪ませながらも、たった一人、魔獣の群れに立ち向かわれた、あのお姿を!」

「ああ、見たさ! だからこそ、反吐が出る! あれも全て“演技”だとしたら、どれほどの怪物かとな!」

「なっ……?! 伯爵令嬢は、我々と同じく傷だらけだったのだぞ!」

「擦り傷程度であろうが。名誉の負傷と、マッチポンプの自傷では、訳が違うぞ」

 そう、今まさに。

 ベアトリーチェ・ファン・シャーデフロイの評価は、真っ二つに割れていた。

 伯爵令嬢は、『命を賭けた、勇猛果敢な英雄』なのか。

 それとも、『全てを仕組んだ、血も涙もない魔女』なのか。

 とは言え、どちらかに断定できるほどの材料もなく。

「おい。さすがにカールは、

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